言葉にならない感情が、世界を動かすとき

1960年代、人々は「フィーリング」という言葉を好んで使いました。

それは理屈では説明できない"感じ"を表す言葉でした。直感、気分、肌ざわり、心の揺れ。だが同時に、それは言葉にはできないものでもありました。

たとえば、何を美しいと思うか。なぜその音楽に涙が出るのか。どんな人と一緒にいると心が解けるのか。それらは論理でも定義でもなく、「なんとなく、そう感じる」という曖昧な確信でした。

その曖昧さを、人はファッションというメディアで表現しました。言葉にならない感情は、色や形や素材となり、身体をまといました。社会の中で自分がどんな"気分"を持っているかを、言葉にせずに伝える——ファッションは、フィーリングの身体化された言語だったのです。

だからこそ、ファッションは人々の心を一瞬で掴みました。「あなたのことはよく知らないけれど、その感じ、わかるよ」——その共感は、説明抜きで成立しました。

しかし、それから半世紀を経た今。私たちは、感情や感覚を言葉にできないままにしておく時代を終えようとしています。

SNS、生成AI、自然言語処理、感情分析、画像生成。これらの技術は、人間が長らく内に秘めてきた「フィーリング」を、徐々に構造として可視化する段階に入っています。個人の"好き"や"嫌い"を分析し、感情傾向を抽出し、思想の地層を見える化することが生成AIによって可能になってきました。

このとき、私たちは新しい概念を必要とします。

それが「テイスト」です。

テイストとは、単なる趣味や好みではありません。それは、感情に根ざした判断の傾向であり、生き方の方向性を決める内的羅針盤です。

そしてテイストは、個人の中にとどまっているだけではありません。それは社会とつながり、企業の意思決定やブランドの設計、都市の空気感、国家の文化戦略にすら影響を与える構造となっています。

感情はどう蓄積され、テイストとして形成されるのか。それは可視化・数値化・設計可能なのか。テイストはブランドや表現とどうつながるのか。そしてAIと人間が感性を共有する未来に、何が起きるのか。

答えは一つではありません。しかし確かなことがあります。

核心

世界を動かしているのは、まだ言葉になっていない感情です。テイストとは、それをつかまえるための新しい構造言語であり、レンズです。

定義

テイストの定義

テイストは、感情を基にした思考パターンや、そこから生み出される行動パターン、人生の考え方などを分類するものです。感情に基づいた思考・行動パターン分類は、本質的に自社(組織)や個人の根底を理解するためのものです。

人間の視覚は、目から脳に伝達される際に写真のRAWデータのような圧縮された状態で保存されます。そのRAWデータを、感情がフィルターとして実態を増幅し認識します。よって人それぞれの感情で世の中を見ているわけです。一人ひとりの見えている世界が違って見えても不思議はありません。

つまり、人間の基本的な性質である生理的要素(生存本能、社会性、好奇心、パターン認識能力)と後天的要素(学習による体験の蓄積・文化的影響・社会的役割)、そして現在の環境(状況)ステージの違いが感情を左右し、大きな影響を持って現在のテイストをつくるのではないか。そう仮定することから始まっているのがthinking DESIGNのテイストという概念です。

テイストの階層構造

1 RAWデータとしての知覚情報
2 感情的基盤
3 思考パターン
4 行動パターン
5 人生観・価値観
6 表現様式(見た目、言葉、空間など)

感情を基軸とした分類の可能性

感情を基軸とすることで、直感的な共感性、パターン認識のしやすさ、文化や世代を超えた普遍性、そしてAIによる分析可能性が得られます。

テイストの構成要素

テイストには内的要素と外的要素があります。内的要素は、思考の傾向、意思決定プロセス、価値判断基準、感情の表現方法です。外的要素は、行動選択、コミュニケーションスタイル、美的選好、生活習慣です。

分類は、感情的共鳴による群分け、行動パターンの類型化、思考プロセスの特徴抽出、価値観のマッピングによって行います。そしてAIとの協働により、感情データの収集と分析、パターン認識と分類、予測モデルの構築、さらには新しいテイストの生成まで可能になります。

利点

テイストの利点——「どう見えるか」から「なぜそう感じるか」へ

従来のデザイン分析が「どのように見えるか」に焦点を当てるのに対し、このシステムは「なぜそのように感じるのか」という根源的な部分に迫ります。

「どのように見えるか」はAIを使った定量調査などによって今ではわかるようになってきました。「なぜそのように感じるのか」は、感情を起点として思考・行動パターンを分析することで、表層的なデザイン要素の背後にある本質的な価値観や志向性を明らかにします。

デザイン(広告)の開発も、そのプロセスのほとんどはコンピュータによるシミュレーションで行われます。当然、シミュレーションですから「良いデザイン」はデータ化されていますので、どんな環境でも同じ条件を再現できる反面、各メーカーが目指す「成果」も似通ってきます。結果として「メーカーの個性が薄い」デザイン(広告)が多くなっています。

強みや価値観とデザインの橋渡し

経営者や組織の強みや価値観と具体的なデザイン表現の間には大きなギャップがあります。大きな溝があるわけです。テイストというシステムは、感情という普遍的な要素を介して、そのギャップを埋めるための体系的な方法と言えます。

一貫性のある表現の基盤

さまざまなタッチポイントを通じて一貫したブランド体験を提供するためには、表層的なデザインガイドラインだけでなく、その根底にある感情的基盤の理解が不可欠です。テイストというシステムはその基盤を明確にします。

活用

具体的な活用シナリオ

組織のテイスト分析

経営陣や従業員の感情パターンを集合的に分析することで、組織文化に根ざしたテイスト要素を特定できます。

経営者のビジョン具現化

経営者個人の感情基盤プロファイルを分析し、その大義やビジョンを視覚的に表現するための指針を得られます。

ターゲットオーディエンスの理解

顧客や特定のターゲット層の感情パターンを分析することで、彼らに深く共鳴するデザイン要素を特定できます。

イノベーションの方向性設定

感情基盤の分析から、組織のイノベーションの方向性やデザイン進化の道筋を予測し、計画することができます。

テイストシステムの本質

このシステムの特徴は、単に「好みのデザイン」を特定するのではなく、その好みの背後にある感情的・心理的メカニズムを理解し、それに基づいてより本質的で持続可能なテイスト形成を支援することにあります。表面的なトレンドに左右されない、組織や個人の本質に根ざしたテイスト開発が可能になります。

なお、thinking DESIGNにおいては、テイストをAIと人間で作り出すシステムとします。